(本の感想)心がつながるのが怖い 愛と自己防衛 イルセ・サン
本書の著者のイルセ・サンさんは世の中のすべての人が他社と愛情に満ちた親密な関係を気づけるわけではない理由をなぜか?と最初に説いています。理由は私たち自身が自分をあざむき、自分を守ろうとする戦略をとり、愛に自らストップをかけてしまうと言っています。
また、自身の心(感情、思考、願望)にも鈍感になって他者と距離を置く戦略を取るようになると述べています。
このような措置を本書では「自己防衛の戦略」と呼んでいます。
この本を読んで自分自身の自己防衛の戦略に目を向けるようになって、それらの戦略のいくつかをやめることで自らとの距離、また他者との距離、そして自らの人生のとの距離を縮めることで人生を楽しんでほしいという本になっています。
1.自己防衛の戦略とは
自己防衛の戦略とは決して悪いものではないといっています。
たとえばショックと事があって休息を取り、それによって心の平穏を取り戻すなどはよいことです。逆にこれができないと永久に自己と距離を置きながら生きていくことになります。
自己防衛についてのほとんどは幼少期の早い段階で取られるようになっています。
■事例
幼い時に母が自分の痛みについて話をしてくるのが苦痛で、全く別の話題を出す戦略を
取るようになった。
自分が母になった時に子供が話をしてくれない理由を尋ねると「毎回、話題をかえられちゃう」という答えが返ってきた。
→このような自己防衛を知らずに取ることが深い人間関係の妨げになる
つまり、自己防衛の戦略は本来は非常事態を切り抜けるためのものだったのです。
■事例2
子供のとき
親が自分の話を聞いてくれない
親の話を聞く→話を聞くことが上手くなる→自分の話を話すことが苦手になる→話しをするという欲求がなくなる
当たり前であるが親との愛着関係は子供にとって大事である→この子供の時の事に気付かないと意識が変えれないのです。
内側での自己防衛と他社からの自己防衛
・内的自己防衛
恐ろしい感情事項、または願望から自分を守るための自己防衛
例 その事を忘れる 過剰な食事 娯楽 睡眠 行き過ぎたポジティブ思考
・対人自己防衛
距離を詰めてくる他社から自分を守るための自己防衛
例 目をそらす 腕や足を組むなど
このような自己防衛の戦略が無意識に取られるようになると人は迷走しやすいのです。
はじめの一歩として自己防衛の戦略が自身の内面を感じることや、そのことが他者を遠ざける手段であると認めること、そして次のステップはそれを変えたいという願いを持つことです。
2.喪失の悲しみを恐れて愛に満ちた関係を避ける人たち
愛の関係は喜びは生活の質の向上だけでなく悲しみを伴う可能性がある。
①選べなかったものへの悲しみ
特定のパートナーを選択する場合、ほかの可能性を排除することになる。
②将来訪れるであろう悲しみ
いつか愛する人を失う悲しみ
悲しみと向き合うことは重要です。
その悲しみと向き合うのが上手い人と下手な人がいます。上手い人はいつか失うと考えても恐ろしいと思いません。
悲しみを避けるために人間関係を避けてしまう人たち
悲しみは忘れるのが一番良い。しかし、悲しみを抱えたまま生きる人は新しい悲しみに対する恐怖を感じやすくなります。
深い人間関係を避ける=過去の悲しみを避ける手立て
夫婦もお互いにニーズを満たし合うものですが、お互いに心を開かない夫婦もいます。これも愛情に満ちた関係を避けることで大きな損失から自分を守っているといえるでしょう。そのような人は自分を痛みから守る目的に基づいて行動しています。
そこで関係が終わったときは大きな喪失感を感じるのを避けるため、関係が大切なものにならないように様々な戦略を編み出します。
愛情に満ちた人生の扉を閉ざしてしまう不幸なパターン
①いつも無理な相手を求めるパターン
自分に興味のない人ばかり好きになってしまうパターン
求める相手が手に入らないのでそれによって痛みから自分を守っている
②心を閉ざした相手をパートナー選んでしまうパターン
多くを与えてくれない暖かさを望まずに素質もない人を潜在的にパートナーに選んでまうパターン
③完璧な相手を待つパターン
100%でなく51%で満足しておけば段々と相手が完璧に近づいていき自分自身も変わり新しい関係が実現することもありえます。
相手の変化を止めることができません。
「他の人から拒絶もされず、明日も明後日も永遠に愛される」
→このような考えるのは失敗する運命、幻想です。そんな保証はありません。人生は変化するもので私たちは常に変化の途上です。その変化についていくのが私達の生き抜く術になります。
3.親を理想化することの危険
幼少期や両親の思い出を過度に美化する人がいます。
著者の経験上、自分の幼少時や両親について度を超えてポジティブに語る度合いと、その人が実際にはどれだけつらい幼少期を行ってきたかという度合いは比例すると述べています。
おおむねよい子供時代を送ってきた人は、すべてが順風満帆だったと強調する必要はありません。よかったことも大変だったことも躊躇なく語ります。
親を理想化したイメージは2つのパターンで自己像に影響をします。
①親を理想化し、自分も理想化するパターン
②親を理想化し、自分のことは蔑むパターン
2つのパターンですが両方を経験する人もいます。ある時には自分は完璧だと思うのに別の時期には価値のない人間だと思うのです。
両親と同じパターンを繰り返していることで何が起こっているか気付かない限り、そのパターンを受け入れ両親の振る舞いに疑問を感じたり批判をすることを避け続けることになります。
つまり、親を理想化しその両親に都合のよくない側面から目を背けて、耳を防いでしまうと、いつかその人は子どもやパートナーに対しても同じことをしてしまいます。
そして無防備になり、孤独になるのです。
4.本来の自分に戻る
自分らしくいようとする選択は、自分自身の内面を受け入れ、自分自身に寄り添うよう努力しようと決心することです。
愛されていると感じることは、自分のありのままの姿が見られ受け入れられていると感じることです。自分自身と他社の両方を見、調整し、受け入れることです。
無意識に自己防衛を取ることがあると知るだけでも、私達の意識は高まり、自分自身の戦略に目を向ける能力が増すのです。
(本の感想)メモの魔力 前田裕二さん
メモは会社の会議でもプライベートでも皆さんも書いていると思います。この前田裕二さんのメモの魔力ではそのメモをどのように活用するのか?分かりやすく記載しています。
この本については大体、半年前に読みましたが私もこのメモの取り方を今でも実践しています。
ひとつの出来事から思考を深めていきその本質を探るそんな本になっています。
この本から学んだことをまとめていきます。
1.「記録」ではない「知的生産」のためにメモをとる
メモには2種類ある
「記録のためのメモ」と「知的生産のためのメモ」です。
この知的生産のためのメモが本領が発揮されるということをこの本で説明がされています。
メモで鍛えられる5つのスキル
①アイディアを生み出せるようになる→知的生産性向上
②情報を「素通り」しなくなる→情報獲得の伝導率向上
③相手の「より深い話」を聞き出せる→傾聴能力の向上
④話の骨組みが分かるようになる→構造化能力の向上
⑤曖昧な感覚や概念を言葉にできるようになる→言語化能力の向上
2.ノートの取り方
ファクトの書き方
まずは左から2番目「ファクト」ここには客観的な事実を書きます。
たとえばミーティングであればそこで交わされた会話の内容を掻い摘んで書きます。
標語の書き方
フェクトの欄に書いたことをグルーピングして「要は何の話か?」ということを一言で表現したりネーミングをつけたりすることで言語化の力を伸ばすことが出来ます。
抽象化の書き方
抽象化については後に詳しく書きますが左に書いた内容から抽象化すべき要素を見つけたらそこからやじるしを引っ張って対応する抽象化命題を書いていきます。
転用について
最後に抽象化した内容から「こういうことを受けてこれをこう変えてみよう」という実際のアクションにつながることを書くことが重要です。
「ファクト→抽象化→転用」=最強のフレームワーク
①インプットしたファクトを元に
②気づいた応用可能な粒度に「抽象化」し
③自らのアクションに転用する
この3つを行うことがメモであると前田さんはおっしゃっています。
抽象化と転用の例
ファクト
→カバー曲を歌うとオリジナル曲よりも立ち止まってもらえる
→立ち止まってもらった人のリクエストに応えると仲良くなれる
→そして仲良くなった後にオリジナル曲を歌うともっとお金がもらえる
◎抽象化
→仲良くなるには、双方向性が大事
→人は「うまい曲」ではなく「絆」にお金を払う
◎転用
→双方向性があり絆が生まれる仕組みをネットに作る
このようにメモから抽象化→アクションにつなげていきます
3.抽象化について
一番重要なのは抽象化するときの「問い」です。
「what」「how」「why」どれで投げかけるのか?シンプルですがとても重要です。
抽象の3種類
①「What」型
目の前の現象や考え方を抽象化しまた別の名前を付けて呼びなおすことです
②「how」型
目の前の現象にはどんな特徴があるか?ということを掘り下げて考えてみることです。
③「why」
例えばヒット映画の理由を抽出してまた別の規格に転用したい。このときは「why」と問うでしょう?
抽象化で価値が高いのは「どんな」「なぜ」による抽象化です。
まずはこの3ステップになれることです。
①具体的な情報を正確に受け取る
②①から「他に転用可能な」要素(気づき・背景・法則・特徴など)を中質
③転用
この思考のフローを経て考えます。
他の事業への転用の可能性の高い「どんな」「なぜ」を問うということを癖にしていくことが重要です。そこからの気づきを他に転用する高い抽象化こそがメモの本質です。
4.本質を考えるということ
抽象化を端的にいうと「具体的な事象を本質を考える」ことです。
例えば成功した例の本質が分かればあらゆる事に応用ができるようになります。
抽象化するときは「凡用性の高さ」を意識しましょう。「他に生かせないだろうか?」と考えながら抽象化することが思考を深めることにつながります。
気づきを何かに生かす。つまりきっちりと「着地をさせる」ことを前提に、世の中のあらゆることを抽象化してみてください。
「本質をみる」という抽象化思考さえ出来れば目指す目標を達成する能力が著しく向上するでしょう
(本の感想)認知症の人がさっきいったでしょと言われておこる理由 木之下徹さん
認知症の人がさっきいったでしょと言われておこる理由
自分の読んだ内容で勉強になった点を自分なりに書いていきます。
「認知症」ということは皆さん一度は聞いたことがあると思います。呆けるとは
どういうことかは本質的には自分が経験しないと分かりませんがその本を読んで
認知症の方の気持ちを想像をすることが少し出来ました。
その人がどのように思っているか分かることで認知症の方に対して優しく接すること
が出来るのではないでしょうか?
「飯はまだかのう?」「おじいさんご飯はさっき食べたでしょう?」このやり取りの
意味が本を読む前と呼んだあとでは違う目線で見ることができるそんな一冊です。
1.認知症とは
認知症とは「認知機能の変化に伴って暮らしの上で支障がある状態」のことです。
つまり、症状ではないのでそのことは本人にしかわからず認知症と「症」がつい
ているのでなにかの症状があるのではないかと思うがそうではありません。
2.その病気の本人の苦しみ
認知症になった本人の苦しみの根本にあるのは以前と異なる認知機能の変化があ
ってそれは外からわからないということです。
3.認知症を予防する方法はない
記憶は、入れる→もつ→出すという過程である。
「記憶がしずらい」(認知症)ということと「忘れる」ということは違うという
こと
「記憶がしずらい」→入れることが出来ないこと
「忘れる」→出すことができない
つまり認知症とは言われたことが入っていないので
「飯はまだかのう?」「おじいさんご飯はさっき食べたでしょう?」というやり
とりが認知症でない方は「ああそうだった」となるのに対して「認知症」のひとは
「食べてない」となるということです。
ということは今、行われている認知症予防の脳トレといわれるトレーニングは「出
す」ことの訓練ですので「入れる」ということへの訓練にはならないのです。
4.認知症予防の残酷さ
入れることが出来なくなってきているのにも関わらずひたすら脳トレをされられて
出来ないことを本人に認識をさせる残酷さを考えさせられました。
脳トレを強制させる善意の残酷さを知るべきだと感じました。
5.認知症というレッテル
認知症という病名がついた途端に怒鳴っているだけで施設のスタッフであれば「暴
言あり」と書くでしょう。
では健常者の方が怒鳴ったら暴言ありということではなく「なぜ怒っているのかを
聞く、または考える」のではないでしょうか?
同じ人間として考えることが無意識にできなくなっているのではないでしょうか?
6.認知症の薬について
認知症の薬は症状の進行をゆっくりにするだけで直すものではない。一方で副作用
も多く「飲まない」という選択肢もありうる。